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2016年5月27日 (金)

看護と医療

みなさんこんにちは。

先日見たテレビ。
92歳の元医師の言葉が印象的でした。

その方は、現役医師時代に在宅医療を広める為に色々な働きをしてきました。
在宅医療で自宅の畳の上で息をひきとることは、素晴らしいことだと患者さんに説いてきました。
しかし、自分が高齢にて癌になり身体の自由がままならず身体機能に対する不安や苦痛も出てきた今、在宅で苦しみながら終わりを迎えるか入院という選択をするか悩んでいるようでした。

往診に来てくれる信頼できる医師に看取られて逝くことができるとばかり思っていたけれど、いざ最期が近づいていると感じる今、果たして本当に往診のドクターはいざという時に駆けつけてくれるのか、不安になるというのです。
彼は、癌の苦しみや死ぬことへの不安も、その在宅医療の主治医がいるということで乗り越えようとしているんだと思います。
しかし、実際には医師が保険診療で賄える訪問は限度があるし、外来患者の診察もある中で突発的な急変に駆けつけられる保証はありません。
どんなに頼りにしていても、救急車で病院に行って下さいと言われて結局は病院で死ぬことになり、あー○○さん亡くなったんだねで終わってしまうんだと、寂しそうに言いました。

そして、こうつぶやいたのです。

「薬だとか医療機器だとかで治療するのではなく、僕が目指したのは、僕の存在が治療になる、そんな医療だった。でも、今の保険制度や社会の制度では医者はそんな存在にはなりえないんだ・・・」

その言葉は、私にとって意外で印象的でした。

医師というものは、薬や医療機器を駆使し治療する人達だと思っていたのです。

自分の存在が治療になる。そんな考え方をされている医師がいたなんて。

その言葉を聞いた時に、私は自分が助産師であることに少しだけ誇りを感じました。

助産師は、自由に薬を使ったり医療行為と呼ばれる処置を積極的に施すことができません。
分娩の誘発もできないし、吸引や鉗子を使った分娩もできません。
でもだからこそ、自分の持てる技術や知識と自分の存在で、薬や医療機器に頼ることのない分娩をします。
そして、無事に出産が終了した後は、自分の存在でお母様方の育児や人生をサポートしていくことができます。
私という助産師の存在がお母様方にとって「思い描いていた出産」になり、「迷いの少ない育児」となり得るのです。
もちろん、それらができるのは嘱託医療機関があり適時に医療を受けられる環境があるからで、私だけの力ではありません。

きっと、その元医師の老人も薬や医療機器ではなく「先生がいてくれたから安心して痛みも和らぐ」「先生がいてくれたから死ぬのも受け入れられる」そんな風に医師が言われる医療を目指していたのかもしれません。

でも、私は、それは看護者の役割だと思います。

医師と看護師。それぞれに役割があって、私は看護師こそがその存在で患者を癒し苦痛や不安を和らげることができるのだと思います。

病院という医療現場では看護師は医師の行う医療がスムーズに進むようにサポートすることが大事です。

しかし、在宅ではむしろ看護師のケアで解消できない身体的苦痛を、医師が薬の処方や医療でサポートすることがベストだと思うのです。

それは、病院分娩での助産師の役割と助産院又は自宅娩での助産師の役割にも言えることだと思います。

医師や助産師や看護師その他の医療職全てが、状況に合わせて役割を変え、1人の人を家族と共に多角的に支えていく。人が産まれる時から死ぬ時まで、そんな医療支援ができれば素敵だな〜って思います。

最近の医療技術の進歩は目をみはるものがあり、命の芽生えから終わりまで、神の領域だった分野にも近づこうとしています。
それが医療です。

しかし、看護は違います。
神の領域には触れず、その方の定められた命や身体機能が、自然な状態で1番満足できるようにケアをします。
それは、精一杯生きること・自分と向き合って生きることの大切さを感じさせることになると思います。

命を救い、また延命させる為には薬や医療技術や機器が必要です。

看護だけでもダメだし、医療だけでもダメです。
看護と医療のバランスが取れて初めて満足な人生をサポートできるんだと思います。

私ができる一歩は、まずは産まれる時。

私の存在が、お母様方の出産への勇気になるように、また医療とのちょうど良いバランスをとりながら、これからも自然なお産を続けていきたいと思います。




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2016年5月16日 (月)

救急車呼びました

みなさんこんにちは。

先日、久しぶりにおしか助産院は救急車のお世話になりました。

以前もおしか助産院で出産して下さったリピーターのママさんです。

今回も妊娠初期から通って下さり、お産をとっても楽しみにしてました。
私も、また彼女と一緒にお産できるのを待ち望んでました。

そして、陣痛が始まりました。

彼女、本当に本当に頑張りました。
夜中に入院して、初めは私と話しながら、途中からは陣痛の痛みに朦朧としながらも、私の言葉に耳を傾け一生懸命に力を振り絞ってくれました。

なかなか赤ちゃんが進んできませんでしたが、少しづつ少しづつ産まれる時が近づきました。
もう、赤ちゃんの頭が奥の奥に見えました!

もう少し頑張ってもらえれば・・。そう思った時、赤ちゃんが「もうこれ以上は大変だよ〜」ってサインを出しました。

お母さんに呼吸を整えてもらい、もう一回力を入れてもらいました。
またまた赤ちゃんがサインを出します。

残念だけど、これ以上は助産院でできるお産ではありません。
赤ちゃんの状態が良いうちにすぐに病院に行けば、間に合います。

すぐに病院に受け入れ要請をし、救急車を呼びました。
おしか助産院から嘱託医療機関の総合病院までは目と鼻の先です。
救急車に同乗し、ずっと赤ちゃんの心拍をモニターしながらお母さんに付き添いました。
目と鼻の先なのに、長い時間に感じました。

病院では、分娩室でDr.や助産師が待機していて下さりスムーズに母子に対する処置が始まりました。
その後、赤ちゃんは無事に産声を上げ彼女のお産が終了しました。
いつものことながら、病院スタッフの無駄のない動きと間違いのないDr.の判断には頭が下がります。

私は、お産はお母さんや家族の思いがとっても大切だと思ってます。
どんなお産をどこで誰としたいか。

でも、そういう思いを後回しにしてもっと大切なものがあります。
それは母子の命です。

その命を脅かす状態でなければ、お母さんの思いを汲んだ最高のお産をしなくてはなりません。

しかし、その命に少しでも心配なサインが出るのであれば、そのサインをしっかり受け止めて医療に適時に橋渡ししなくてはなりません。

助産院のお産は危ないなんて言われないように、常に医療と連携を取り適時にしっかりと医療にバトンタッチできるそんな助産院である為に、私は自分にできる限界を低めに設定しています。

今回のように救急車を依頼することは滅多にありません。
だからこそ、おしか助産院でのリスクに対する対応を知ってほしいと思いました。

これからも元気な産声を聞く為に、自分に出来ることをコツコツと積み上げていきたいなと思います。




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2016年5月 9日 (月)

産後の鬱

みなさんこんにちは。

最近、出産前後のママさんの自殺に対する統計が出て話題になってます。
確か東京都のものだったような・・・。

それによると、産後鬱による自殺が出産による出血などによる死亡の2倍にもなるそうです。

赤ちゃんを授かって、大都会の病院の安全と言われる医療の中で無事出産を乗り越えた方々が自ら命を絶ってしまう。
残されたご家族の気持ち、そして赤ちゃんの今後の成長を思うとやりきれない思いが込み上げます。

戦後、日本の周産期医療は目覚ましく発展しました。
世界でもトップクラスで周産期死亡は少ないです。
それは医療の進歩と、医療に携わる病院スタッフのたゆまぬ努力の賜です。

しかし、妊産婦さんの心のケアはどうでしょう。
医師や助産師は、ゆっくりと時間をとって妊産婦さんと向き合っているでしょうか?

先進の医療機器を備えた分娩室、ホテル並みの設備やアメニティ、フランス料理や懐石料理が並ぶ病院食、入院中のエステetc

これらは、確かに妊産婦さんにとって一時の安全と癒しをもたらすことでしょう。

おしか助産院でも、病院さんには敵わないものの、出産される方の安全に対する設備や入院中の癒しとなる食事やケアには力を注いでいます。

しかし、私は常々入院中のお母様に言うのですが、お産はゴールではありません。
入院中の快適な生活は、出産を終えたご褒美ではなくてこれから迎える育児という未知の世界に飛び込んでいく為に心と体を慣れさせる為の期間なのです。
ですので、私にとって出産⇨退院⇨一ヶ月健診⇨卒業ではなくて、出産はこれから続く母子のサポートの始まりなんです。
これからずっとその母子を支えていきたいと思いますし、最低1歳のお誕生日を無事迎えるまでは無料の身体計測や育児相談でできる限り繋がり続けたいです。

もちろん、日々多くの出産を扱う病院にとっては、1母子にかける時間は制限され、また病院のケアを卒業した後のその母子への責任はもはや存在しないので、後はご家族や保健所や子育て支援の専門施設にお願いするということなのでしょう。

そうであれば、私達開業助産師が何か力になれないものなのでしょうか?
静岡市のような、人口規模の割に多くの開業助産師がいる地方都市は珍しいと思います。
せめてそんな静岡だからこその、静岡モデルとでもいうべき母子支援を構築できないものでしょうか。
もっと産後のママさん達が気軽に助産院の助産師と関わって、電話や来院の相談が出来ることを広く伝えていけないものなのかな?
特別な制度としての産後ケアや何か特別なクラスではなく、ホントに気軽に相談できる場所が身近にあるんだよって、認識してもらえないかな?

そういう妊産婦さんの心に寄り添うプロフェッショナルとしての開業助産師の存在を、もう少し社会全体が認識してくれないかな?

メディアで話題に上る開業助産師の姿は「自然分娩」や「こだわりのお産」をしてる姿ばかり。
でも、それは私にとっては自分が持つ資格の中でできる最善のお産をやっているってだけで、それをやりたいが為に開業してるわけではないんです。
そうではなくて、心から1人の女性・1人の赤ちゃん・そのご家族個々に寄り添いたくて、その為には時間や規則にとらわれない形で助産師をしたいって思うから開業してるんです。
もちろん私に命を預けてくれる母子に対する想いは格別です。
けれど、私がお産に関わる関わらないに関係なく、おしか助産院に電話をくれ足を運んでくれるママさん達は、みなさん私にとって大事な支援したくなる方々なのです。

鬱になってしまったらもちろん専門の医療機関のサポートが必要です。
けど、そうなる前に・育児に行き詰まる前に、もっとたくさんの皆さんと出会えたらと思って、電話の向こうで待ってる助産師がいます。

おしか助産院、気軽にお電話下さいね(^^)

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2016年5月 8日 (日)

誰かの役に立つって大変

みなさんこんにちは。

コウメさんコメントありがとね。
お互いに、今回の妊娠経過やこれから迎える出産は今までと違うことがたくさんで、今まで以上に私に出来ることって何かな?って考えて過ごしてます。

ところで、ついこの前のこと、誰かの役に立つって大変だな〜って反省する出来事がありました。

それは、私が珍しく自転車で出かけた日のことです。
少し交通量の多い狭い道で私の前をシニアカーで年配の女性が進んでました。
背後にいた私は、そのシニアカーがまるでシッポのようにカラカラとコンセントを引きずっていることに気付きました。
私は心の中で「おばさん、コンセント引きずってるよ。危ないよ。」って言うタイミングを探しながらも、車の通りもあるしご老人に背後から急に声かけてビックリさせてシニアカーのハンドル操作を誤らせてもいけないし、ましてや耳が遠いかもしれないからどの距離まで近づいたらいいのかしら・・・なんて、考えてました。
その時間、ほんの2〜3分だったと思います。

そして、さぁ声を掛けよう!としたその瞬間。

ガラガラガラという音と共に、その女性のシニアカーがコンセントを巻き込んでしまいコンセントは見るも無残な姿に・・・。
そしてシニアカーは停止。

私は止まった原因がわからずビックリしている女性にかけより、「おばさんごめんね。すぐに言えば良かったんだけど・・・。コンセント、引きずって轢いちゃったよ。」と伝えました。
その後、シニアカーが動くのを確認しその女性とは別れましたが、私の中でずっと後悔が続きました。

ナゼすぐに声かけなかったんだろう・・・
私が声かければおばさんのコンセントは破損しなかったのに。
おばさん、家族いるかな?コンセントをすぐに買い替えできるかな?充電できずにシニアカーが動かなければ、あの方は外出もままならないんじゃないかな?

後悔してももう遅いのですが。

誰かの役に立つってすごく大変。
タイミングもあるし、逆にタイミングを見計らいすぎて逃してしまうこともあるし。

でもこれに懲りずに、これからもお節介かもしれないけど、誰かの役に立つことがあれば声に出していきたいです。

まるで、小学生のような目標ですが。笑

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