« 2012年11月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月30日 (水)

池作ってみました。

みなさんこんにちは。

ご無沙汰だったのに、忘れずに読んでもらえてうれしいです。

キャリーさん。
もう大きいおなか抱えてるのもシンドイでしょうsmileそろそろお産にしたいですね。

そしてみなさんもゆうこりんさんや私みたいに、記憶にある母親の年齢に近づいてあらためて想う母の姿ってあるんじゃないでしょうか。
そんな姿、教えてください。

助産院は、ここしばらく静かな日が続いています。
なので、自宅玄関脇の坪庭にこんな池を作ってみました。
初夏になったらスイレンを浮かべ、イモちゃんに金魚すくいにでも行ってもらって金魚を入れたいです。
本当はメダカが欲しいけど、なんか子供の頃には近所の小川で泳いでいたメダカをわざわざ買うのって抵抗あって・・・sweat02
Dsc00066

私ね、男手がないってのもあるけど、結構なんでも自分で作っちゃうのが好きです。
だから今はこの坪庭をいじるのが楽しくて仕方ないです。
無趣味な私ですが、もしかしたら庭いじりが趣味なのかもです。
この庭には、サクランボ・ブルーベリー・ラズベリー・ジューンベリー・プルーン・柿なんかを植えました。
そして駐車場の植え込みにはビワ・キンカン・ポンカンを植えてます。
食いしん坊の庭ですcoldsweats01
5年くらいたったら助産院の食卓にここで採れたフルーツが出せるかもしれません。
前の助産院もザクロやビワやブルーベリーや甘夏がありましたもんね。

そうそう、庭いじりといえば・・・。
ここ2日ほど朝イモちゃんを送り出した後でお散歩をするんです。
助産院の上に上水道の貯水タンクみたいな施設があるんですけど、そこに向かって坂道を10分ほど登ります。
そうすると、目の前に雄大な富士山と駿河湾そして静岡市街地の景色が広がります。
その景色に「おはよぉー」って言ってから、細いけもの道みたいなとこに入って山の雑草や枯れ木を少しいただきます。
それを坪庭に置いたり移植して、助産院の土スペースを雑木林のようにする予定です。
何年かかることやらですが、私の夢は森の中にある隠れた助産院を作ることなんです。
現実には、駐車場がアスファルトなので森のようにはならないんでしょうけどね。

助産院に来る妊婦さんや赤ちゃんやそのご家族にとって、おしか助産院が現実から離れた特別な空間になるように、そして現実と向き合う毎日の途中でふと戻りたくなる場所であるように、と思っています。

おしか助産院て、そういえば世間でよく言うマタニティ向けのエクササイズとか赤ちゃん向けのお教室とか何にもやってません。
そういうのって、どこでもありますもんね。
けど、私がいて皆さんの笑顔があってスタッフとの会話があって、妊娠や出産とは関係なくおしゃべりできて緩やかな時間が流れる場所は、ここにしかないから、ここにしかないものをこれからも大切に育んでいきたいなって思うんです。

これ読んで懐かしくなっちゃった卒業組のみなさん、坪庭見た~いとか子育ての話した~いとか、理由なんてなんでもいいです。
また遊びに来てください。

本当は卒業組のママたちで小学校のこととか子供の性教育のこととかをワイワイしゃべるおしゃべり会を助産院でやりたいんだけどね。
お知らせの仕方がわかんなくて・・・。
もし、助産院の6畳のフリースペース使って勝手気ままなおしゃべり会をしたいママ達がいたらご連絡ください。
場所の提供はいつでもしますよ。

| | コメント (1)

2013年1月10日 (木)

だいぶご無沙汰でした(汗)

みなさんこんにちは。

ず~~~~~~っとさぼってましたsweat01

ご存じのとおり昨年の11月21日に無事「新生おしか助産院」がスタートし、11月いっぱいは引っ越しの後片付けに追われ12月に入ってからはすぐにお産もあり、走りっぱなしな感じです。
引っ越してきてから5人のベビーが産まれ、とても充実した毎日です。

新しい場所でのお産は今までより空間も広く、ご家族がノンビリくつろげるスペースもあり、多目的ルームで赤ちゃんを囲んで両家のご家族のにぎやかな笑い声などが聞こえてくると、私の思い描いていた助産院の姿が出来上がっているんだなと、とてもうれしく感じてしまいます。
ご夫婦のそれぞれのご両親が顔を合わせるのは、結婚式の次にお産の時なのかもしれませんね。

話は変わりますが、みなさんはふと「母親に似てきたなぁ」って思う瞬間ってありますか?
私は、顔だちや声なんかが母そっくりだと昔から言われていたんですが自分が若い時には動作は全然違うし性格だって母みたいにセッカチじゃないんだから一緒にしないでよって思っていました。
しかし、最近・・・ソックリなんです(=´Д`=)ゞ
ずっと同じ姿勢で座っていて立ち上がる時の、膝を庇いながらよっこいしょって感じやそこからヒョコヒョコ歩きだす感じが。
ご飯食べてる娘達の空いたお皿をサッサと片付けてしまうタイミングが。
お茶を飲みながら新聞読んでる姿が。
そして、この前ハッとした出来事があったんです。
それは、イモちゃんと一緒にご飯を食べていたときのこと。
一尾のホッケの干物を二人で食べていたんです。
ホッケの大好きな二人、身のふっくらしてジューシーな部分をイモちゃんがおいしそうに食べます。
そして、私が取った部分があまりにも美味しそうだったので思わずイモちゃんに「ほら、こんなにふっくらしてる。コレ食べな。」って言ったんです。
お母さんってそんなものですよね。
美味しいものを子供に食べさせてその笑顔を見るのがたまらなくうれしいんです。
その時、イモちゃんが私に「ママも食べなよ。美味しいよ。」って言ったんですけど、その時私こんなことを言ったんです。
「ママね、お魚の骨についた身が好きなんだよ。味がしみててさ。だからそれはイモちゃんが食べていいよ。」
その時、すごく懐かしい風景が頭をよぎりました。
うちの母は、いつも干物を食べるとき骨や頭の部分を「美味しい美味しい」っていってムシャムシャ食べてたんです。
その当時は私は「お母さんて、変なとこが好きだな。戦争中に生まれた人だから質素なものを美味しく感じるのかな?」って思って気にも留めてませんでした。
しかし、今この年になって初めて気が付きました。
別に母は本当に骨が好きで食べてたわけじゃないんだってこと。
娘に美味しい部分を少しでも食べさせたいから、娘が美味しい!って喜ぶ顔を見たいから、だから自分は骨の部分を好んで食べてたんだってこと。
それがいつの間にか習慣になってたんですね。
そんな母に、私も知らず知らずに似ていたんだって思ったら、なんだかジンワリ心があったかくなりました。

子育てって楽な仕事じゃありません。
しかし、45になるこんなおばさんが(きっと60になっても80になっても)母親を懐かしく思い、母親に似てきた自分に温かいものを感じるようになるんです。
母親って(母親をやるって)素敵なことなんじゃないでしょうか?
いつか、オトメちゃんやイモちゃんがおばさんになった時に、温かい気持ちと共に思い出してもらえる母親になりたいって思いました。

そうそう、オトメちゃんと言えば、彼女今年の年末年始は30日夕方に静岡に帰省しそのまま高校の同級生と飲みに行き結局家に帰ってきたのは31日。
そのまま大晦日は寝たり起きたりして過ごし、お正月はとりあえず家にいて、2日に入院されてる方が退院されたので焼津の私の実家にお年始に行き、3日はお友達と遊び4日の午前中には茨城に帰ってしまいました。
子供はこうして親から離れていくんですよね。
オトメちゃん、成長しました。

| | コメント (2)

« 2012年11月 | トップページ | 2013年2月 »