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2012年1月26日 (木)

成人式って・・・

みなさんこんにちは。

今日はね、成人式ってなんだろう?って考えたこと話しますね。

先日オトメちゃんの20歳のこと話題にしました。
そして、1月3日に静岡市の成人式がありました。
成人式を迎えるにあたって何カ月も前から色んな準備がありました。

オトメちゃんが着た振袖は、私が24年前に着た着物です。
それだけ言えば美談なのですが・・・。

話は一年前に遡ります。
女の子が19歳になるころから、ありとあらゆるところから振袖のパンフレットが舞い込みます。そりゃすごい量です。
こういうのって、個人情報が漏れてるわけ!?ってなくらい。
まぁ、ダイレクトメールや勧誘電話は塾やら家庭教師やら通信教育やらでいくらでも今まであったから、子どもの性別や生年月日なんて簡単に漏れちゃうものなんでしょうね。
ある意味こわいですね。

話がそれちゃいましたが、そんなわけでオトメちゃんも振袖着たいモードにスイッチ入っちゃいまして・・というかスイッチ入れられちゃいまして・・振袖を買うか借りるかなんて始まったんです。
私は、七五三も私の着た着物をオトメちゃんに着せているのでオトメちゃんには是非私の着た振袖を着てほしいと思っていました。
そこで、私が成人式の時に写真館で撮った写真を見せてみました。
オトメちゃん、爆笑・・・・・・・(≧∇≦)
イヤ、そこ笑うとこじゃないしっ!
私の昭和な髪形と昭和な背景に「絶対これじゃ嫌!!」とのこと。
結局、焼津の実家に保管してある振袖を実際に見て(けっこういい物なんです)やっと納得してくれました。
オトメちゃん曰く「アレはママの髪形と顔が変だから着ものが良く見えなかった」とのこと。
ショーワな女ですみませんねぇ(*`∧´)

しかし、それからが大変でした。
着物はママのを着るけど帯は買ってということで、帯を単品で買ったはいいけど結構な出費。それに、草履とバックも・・・。
髪飾りなんてネットで買ったけど高い高い!
成人式でしか使わないなんてもったいないから、借りたい方いたら無料レンタルしますよ~。

そして当日。
朝から着付けとヘアメイクに行き、焼津に挨拶に行き、そのまま会場直行。
式の後はそのまま同窓会やるってことで行っちゃって、夜の8時にお迎えに呼ばれたと思ったら家で着替えして2次会に行くって言ってまた出て行っちゃった。
結局帰ってきたのは翌朝でした。

私、甘い母なのかもですが自分の育てたオトメちゃん信じてるから朝帰りでも文句いいません。それにもう20歳だしね。

だけど、20年育ててたんまりお金かけて成人式に送り出して、振袖姿をしっかり見るヒマもなく、一緒にお祝いの食事会するわけでもなく、「20年間育ててくれてありがとう」でもなく、次の日からは今までと何も変わらない日々が続いている・・・。

成人式っていったい何なんでしょう。

私にはただの呉服屋さんのイベントにしか思えなかったよ。
いつから成人式は振袖の見本市化したんだろう?

もちろん、世の中成人式にちゃんとした意味のあることしてる市町村も多いだろうし自分で働いて振袖買った子もいるんでしょうが、きっとほとんどの子は親が用意しますよね。
振袖のパンフレットの中には、お母様も一緒にお着物を買ってお召しになってお祝いしましょうなんて、馬鹿げたこと書いてあるものもあって呆れてしまいました。

日本の文化としての着物は大切なものですし私もいつかは日常的に着物を着ているおばあさんになりたいと思います。
しかし、それはあくまで日常着として着物を着たいということであり、人生で数回着るか着ないかの服装に、暗黙の了解で全国津々浦々何十万円もかける行事が(しかも市町村主催で)行われているのって、世界中日本だけじゃないかな?と思うのです。
成人式って大人の七五三なんでしょうか?

もちろん、私もそういう世の中の風潮に踊らされてしまった一人なので偉そうなことは言えません。

しかし、呉服業界が着物文化を本当に大切に思ってもっと着物人口を増やしたいのなら、一揃い何十万とする着物ではなく洋服感覚で買える着物の普及に努めるべきだし、成人式の着物ももっともっと簡素化して、式の終わった後も気軽に着ることができたりもう一着と思える値段設定であるべきだと思うのです。

市町村も、そうして呉服業界に踊らされている成人式の是非をもう少し考えてみたらどうかと思います。

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2012年1月22日 (日)

移転物語⑤

みなさんこんにちは。

アヅマさん、お産になったかな?
初めてのお産は不安なこともいっぱいだと思うけど、アヅマさんなら大丈夫!
お産はね、そりゃ楽ではないけどお腹の赤ちゃんに出会う為の避けては通れない道です。
でもね、大変だからこそ成し遂げる甲斐があるんだよ。
時間がかかれば、その時間は全て愛しい想い出に変わってゆくよ。
だから頑張って下さいね。
はるママさん、もう一年たっちゃったね。
でも、移転の時はご案内差し上げるので見学がてら是非遊びに来て下さいね。
つばさママさん、これからの妊婦健診~お産~育児と関わっていけるのが楽しみです。
いいお産しましょうね。そして充実した子育てをしていきましょうね。

さてさて、久しぶりの移転物語です。
今回は設計へのこだわりについて少しお話しますね。
私が設計を依頼したのは、建築事務所です。
大手のハウスメーカーでもなければ工務店でもありません。
もともとそういう方を探していたわけではなかったのですが、ご縁があって図面を書いてもらうことになりました。
私にとって、家というものは四角い箱に部屋を配置するのが基本だと思っていましたので、凹凸のある平面図がとても新鮮でした。

私の希望は、2階に入院のお部屋が3室・ミーティングルーム兼フリースペースが1室・キッチン・入院用のシャワー室とトイレ洗面・1階に今よりも広い診察室・トイレ・待合スペース。
そして、廊下で自宅部分をつなげつつプライベート空間はトイレ・お風呂・リビング・寝室を確保できるように。
駐車場は最低5台。つめて置けばそれ以上置けること。
たくさんのお洗濯を干すので、お洗濯が乾くように日の当たる干場の確保も必須条件です。
お産関係の在庫もあるので物入れ多めが希望。

最初の図面でその希望は全て考慮されていました。
そしてたくさんの時間をかけて、もっともっと希望に近づく為の修正が重ねられました。
特に物置は、ステップフロアーになっているお部屋の下が6畳分全て収納に使えたり、他にもあらゆる空間を有効に利用し収納に困らないようにしていただきました。

お洗濯干場は、人の目をきにせずにお日様の光を当てられるよう屋上テラスの形を取る予定です。

そんな風に実際の使い勝手を考えて設計に関わっていくうちに、一つ問題が生じました。
それは、私の理想としていた子供連れで遊べる空間の確保は思いのほか難しいということです。
建築士さんの最初の設計では、子どもの遊べるテラスや暖かい薪ストーブのある空間の提案がありました。
私が欲しかった空間でした。
しかし、現実問題として安全管理がどこまでできるかと考えた時に、私は安全の確保は難しいだろうということに気がつきました。
大人の目が離れた時の子供の行動は予測がつきません。
テラスからの転落の危険、薪ストーブによる火傷の危険が伴います。
助産院という、解放された場所を管理することの責任の重さを改めて感じました。
結局、テラスは屋上テラスを出入りを管理できる形で使い、薪ストーブは自宅リビング部分に組み込み、このスペースは時にはママ向けの講座を開いたりする形で助産院部分とつなげて解放できるようにしてみました。
寒い冬の日にストーブの炎を囲みながら、これからママになる方や出産後のママや赤ちゃんに役立つような会を開けたら楽しいかもしれませんね。

理想を、時に妥協し時に工夫しながら現実のものにしていく作業は根気のいる作業です。
でも家づくりにおいて、それはとても面白い充実した作業です。
建築士さんと一緒に、私の・・皆さんの・・想いを形にしていきます。
出来上がったらぜひ見学に来て下さいね。
あっ・・その前に引っ越しの時はお手伝いお願いしちゃうかもです。
見学に来たら一人お茶碗一つづつ旧助産院から新助産院に運んでもらうとか・・・なんちゃってネ(^-^;

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2012年1月 7日 (土)

年賀状ありがとうございます

みなさんこんにちは。
そしてあけましておめでとうございます。

今年も大勢のご家族から可愛い子ども達の写真入りの年賀状をいただきました。
たくさんすぎてお返事をお返しできませんが、この場を借りてお礼申し上げます。

毎年恒例のこの時期。おしか産まれの子供達の成長を見ることができるのは、本当に嬉しいものです。
あんなに小さく産まれたベビーちゃんが・・・とか、ツルンって出ちゃったあのベビーちゃんが・・・とか、懐かしくて懐かしくて顔がほころんじゃいます。
今年は、しばらくぶりの方からの年賀状も多くて今年から小学校ですとか七五三ですとか、パパやママのお顔によく似てきた子供達の姿も見ることができました。

本当にありがとうございます。

今年はいよいよ移転の年です。
まだ設計も完成していませんしこれから山ほどのことをきめてゆかなくてはなりません。
5月6月は今のところ分娩予約がいっぱいで、忙しい毎日になりそうです。
それにくわえての建築です。
忙しい一年になりそうです。

そうそう、去年最後の記事にコメントしてくださったゆうまママさんありがとね。

そんな風に繋がってゆくご縁があったということなのだから、何にも図々しくなんてないですよ。
私のとこにお電話下さっても繋がらなかったご縁もあれば、繋がるご縁もある。
それでいいじゃないですか。
今年もよろしくお願いしますね。

私ね、最近助産院と同じように自然分娩を自然なままに行っている産院の医師が書いた本を読みました。
女医である彼女の言葉一つ一つに共感し、同じ想いでお産に向き合う医師がいることに感銘を受けました。
その医院では助産師6名が勤務し、私から言わせれば助産院のお産の中に自然な形で医師が溶け込んでいるという感じです。
医院なので、当然必要時には促進剤の使用もあるし吸引分娩もありです。
小さな早産児も扱います。
そういう部分では助産院とは違っています。
助産院は正常分娩のみが対象です。
その医師は助産師と医師は職能の違いこそあれ目的は同じであり、切磋琢磨する関係だと言っています。
私は世の中に助産師に対してそんな風に思ってくれている産科医がいることに正直驚きました。
しかし、助産所の存在に対しては懐疑的でした。
医師のいない分娩は安全のレベルが確保できるのか?ということでした。
もし、医師のいない環境でお産をするのならもっと助産師に(今許されている以上の)医療介入の措置ができるようにするべきである。しかし、そのようなことを許したら開業助産師は“医療介入できないゆえにお産にじっくり寄り添うことができる”という助産師の長所を失い「ミニドクター」になってしまうだろうと言っています。
はたしてそうなのだろうか?
私達開業助産師はそんな愚かなのだろうか?
私にはそうは思えません。
しかし、助産師が医療介入できること云々よりももっと大切なことがあるように思います。
それは、もっともっと助産院と病院がオープンになり地域の基幹病院と繋がり、助産院出産を希望されている妊婦さんを医師と情報を交換しながら管理できたら・・・。
私はそうすることで助産院分娩の安全レベルは一定のレベルを確保できるのではないかと思うのです。
おしか助産院ではその理想の状態に近づくべく、済生会病院と嘱託医療契約をし診察をお願いしています。

お産は命と向き合う出来事です。
私達助産師は命と向き合うことを真剣に考えています。
簡単に「ミニドクター」になるような愚かな開業助産師はいないと私は信じたいです。

それともう一つ。
そのドクターは、非常識な妊婦さんやご家族の対応に疲れてしまうとも書いていました。
その例として、大変なお産の後赤ちゃんの状態が不安定なのでスタッフと一緒に夜通し赤ちゃんの状態を観察し、朝方やっと休息をとることができた時、お産をした本人とご主人は夜間寝ていた。そしてご主人はお礼の言葉もなく帰っていった。という事例をあげています。
きっと、頑張って難産を異常なく終わらせた医師に対して不遜な態度をとったのでしょう。

しかし私は、それを非常識ととることに違和感を覚えます。
なぜなら、おしか助産院ではそういうこともよくあることで今までそのことに対して当然だと思っていたからです。
大変なお産を乗り越えたのは、出産されたお母様とご家族です。
私はそれを見守り、無事に赤ちゃんが産まれるお手伝いをするだけです。
一番疲れているのはお母様と赤ちゃんとご家族なのです。
私が赤ちゃんを預かっている間少しでも休めたのならばそんなにいいことはありません。
今は徹夜したって、みなさんが退院されたら自分は少し体を休めればいいんです。
お産や入院が続くと、ほんの少しできた時間診察台で寝てしまっている私をお見舞いにいらしたご家族が目撃されることもしばしばですsweat01
5分・10分、気がつくと座ったまま寝てることもあります。
しかし、出産されたお母様はしばらくは24時間休み無しの育児に入らなくてはならないのです。
非常識と取るよりも、無事に出産を終えたお母様に感謝だし頑張って生きてくれた赤ちゃんに感謝だし、そんな出産に付き合ってくれたご主人に感謝だし、何よりも慣れない夜を過ごして帰宅するにあたって、事故でもしないよう心配が先にきます。
お礼の言葉などいりません。
むしろ、私こそそんなに大変なお産を私を信じておしか助産院で成し遂げてくれてありがとうと言いたいです。

お産は、お互いの信頼の上に成り立っています。
みなさんが私を信じて下さるように、私もみなさんを信じています。
時には私の常識とみなさんの常識が食い違うこともあるでしょう。
でも、そこも含めて私はみなさんを信じみなさんも私を信じてくださると思っています。

一人一人、生まれ育った環境は違うのだから感じ方も違って当然です。
感謝をするかされるか・・言葉に出すか出さないか・・ではなく、私が関わったみなさんが子供達を愛情持って大きくしてくれれば、それは大きな大きな私の喜びで助産師としての生きがいとなって次に頑張ろうって思えるんです。

年賀状は、それを感じることのできる嬉しい便りです。

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