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2011年12月23日 (金)

久々に普通の話題で・・・

みなさんこんにちは。

はるママさん、今度健診でお会いできるの楽しみです。
もう1年なんだね。
そういえば、去年の今頃は忙しかったsweat01
新居のこともまた聞かせて下さいね。
そしてphatgirlさん、コメントありがとう!
では、3億円当たったら遠慮なく甘えさせていただきますねsmile
私も宝くじ買ってみようかなぁ?

ところで今回は久しぶりに別ネタです。

今日、12月23日はオトメちゃんの20回目のお誕生日です。
でも、それは私が“ママ”と呼ばれるようになってからの20年の区切りでもあります。

20年間・・・色んなことがありました。

妊娠がわかった時の喜びは今でも忘れません。
そしてそれと同時に(でき婚なので・・・sweat01)たくさんの不安やそれからのバタバタも今となっては懐かしい思い出です。
妊婦の私とぶつかりそうになった子供に
「おばさんにぶつからないでね」
と注意していた通りすがりのお母さん!あの時はさすがにショックでした。
まだ24歳、それなりにかわいい妊婦目指してたのに・・・“おばさん”ですか!?

そしてお産。

私の初めてのお産は市内の助産院でした。
きっとおしか助産院を選んで下さったみなさんと同じ想いだったと思います。

お産の日はね、前日の朝から何となく何かを感じていてお部屋掃除したり冷蔵庫片づけたりしばらく留守する間の旦那さんの食糧調達したり・・・。まだまだ予兆も何もなかったのに、第6感てヤツかな?
今でもね、お産がある前はすごく眠くて寝だめしてたり、先延ばししている用事を急に済ませたりすると、みなさんからお産の電話かかってくることがしょちゅうなんですよ。
なんかね、お産をかぎわける特殊能力あるんじゃないかってくらい。
だからって、意識して“お産になるかも!!”って思ってやっても全然ダメなので、よくみなさんに「いつ産まれそう?」って聞かれてもはずしちゃうことあるんですけどね。

そして、夕方5時くらいから膀胱の辺りがチクチクしだして、これはもしかしたら???って思い始めました。
助産師やってても、自分の初めての陣痛ってなんかわかんないものなんです(^-^;

私、その当時も小鹿に住んでいて出産する助産院は静岡市内でした。
しかし、無謀にもその時点で実家のある焼津に身を寄せることにしたんです。
普通移動場所が逆でしょ!って今の私なら突っ込むとこですが、なんせ初産の私にとって初めての陣痛は安心できる場所でゆっくり過ごしたかったのです。

私の予定日は1月10日。
突然の成り行きに実家の母は慌てるやら喜ぶやら・・・。

私はと言うと、6時頃に実家に帰り“お風呂わかして~~~”なんて呑気にお風呂に入りました。
お風呂入れば陣痛が楽にやり過ごせるからです。
私がお風呂に入っていると、旦那さんが実家に帰ってきてくれて母方の親戚も顔出してなにやらみんなで盛り上がっています。
どうやら“出振る舞い”というそうですが、お産の時にみんなで飲んで祝うっていう感じ。
そう・・・呑んで・・・sweat02

気が付きました?
私の陣痛が本格的になった時には、旦那さんも私の父も酔っ払い状態annoy
そして私の母は車運転しません。
オイッ!だれがこの哀れな妊婦を静岡の助産院まで送ってくんだ!っつーの。

結局親戚のおばさん呼び出して、ヒーヒー言ってる妊婦を助産院に送っていってもらうことになったのが8時頃でした。

夜9時頃に助産院ついて、助産師の先生に初めてだし産まれるのは朝だね~なんて言われて旦那さんと分娩室で過ごすことになりました。
旦那さんは程よくお酒も入っていい気分。
痛がってる私を見ながら、和ませようと冗談ばかり言いますが笑えるはずもなく・・。
でも、24歳のかわいいころの私は旦那さんと迎えるお産がとっても嬉しかったのを覚えています。
別れてしまった彼ですが、あの頃は大好きで優しい人だったんだよなぁなんてあの時のこと思いだすと懐かしくなります。
長い年月は綺麗な思い出は綺麗なまま取っておいてくれるんですね。

話はそれましたが、その後11時頃にトイレで破水。
這うようにしてお産のお部屋に戻って、ナースコール押そうと思ったら先生が来てくれて“地獄で仏”とはまさしくこのことだよcryingって思いました。

それからはあれよあれよという間に進み、夜中の1時ジャストに無事オトメちゃんが誕生しました。
夕方5時から7時間でのお産。
初産の割には早く終わったお産でした。

ここまで読んでくれてありがとう。
こうして書いてみるとつくづく私のお産て、今いつも私が向き合っている皆さんとたいして変わりないんだなって思います。
だからなのかな?
みなさんがお産する時の想いやくじけそうになる気持ち、ご家族に対する気遣いやご家族の優しさ・・・こんな感情が今でも自分のもののごとく身近に感じられ、まるで自分や自分の身内がお産するかのごとくみなさんのお産の介助をさせていただけるのです。

オトメちゃんを産んで母にしてもらえて良かった。
イモちゃんを産んでバージョンアップした母にしてもらえて良かった。

“母”は死ぬまで母であることには変わりないけれど、オトメちゃん出産20年目を堺に大人の娘を持つ母としてこれからは自分の世界も充実させていきたいなと思っています。

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コメント

オトメちゃんお誕生日おめでとうございます


そして素敵な出産話ありがとうございました
(*^_^*)


子供の年齢(特に上の子)って自分が母親になった年月と一緒なんですね


長女が産まれたあの日、薄暗い中で初めて娘の顔を見た瞬間、<母>スイッチがオンになった感じを思い出しました。

その日からの私はすべてが<母>の目線になって
<娘、子供>の自分は消えかけてる気がします。

親が聞いたら、少し寂しがるかな?それとも成長したと喜んでくれるのかな?


次はイモちゃんの誕生日に出産話聞かせてくださいね(^o^)


投稿: ぽにょ母 | 2011年12月23日 (金) 13時55分

オトメちゃん、おめでとうございます。オトメちゃんも、いつかは母になる日がくるのでしょうね。楽しみですね。
さて、わたしも母バージョンアップ第4弾目として、今回も助産院を選択しました。青島先生の元へ行ければ良いのですが、残念ながらここは浜松。なので、車で15分程の川渕助産院というところでお願いすることになりました。院長先生は間もなく米寿、まさに「産婆さん」です。さすがに診察・分娩は院長先生が主ではありませんが。でも、耳の遠いこの院長先生、お産が始まるとどこからともなく現れて、赤ちゃんのお世話をテキパキなさるそう。青島先生のおっしゃる通り、聞こえなくても何かを感じるのでしょうね。来年もなんだか慌しくなりそうですが、ギリギリ39歳で4回目のお産に臨みます。青島家にも、おしかファミリーにも良い年でありますように。

投稿: 中村家の嫁 | 2011年12月23日 (金) 14時49分

おとめちゃんおめでとう[m:176]

「バージョンアップ母」なんとなく納得です☆
私は先生とお産を終えた直後に「これで完全に母だなぁ」(じゃあ今までは?って感じですが。。)
ってふと思ったのを思い出します[m:50]

下の子には割りと優しい母ちゃんができるのになぜか上の子はいつも初めてだからか。。。
余裕がない母親で[m:79]毎日後悔と反省です[m:80]

上の子が二十歳…
きっといつかやってくるけど、、、
楽しみなような不安なような。。。
今はまだまだ修業が足りないかもですぅ。

でもみんなそうやって大きくするんですよね。

我が家はクリスマスだというのに、
二人とも発熱して撃沈です~
しかも3年続けて(T^T)


投稿: おかの | 2011年12月23日 (金) 21時50分

おとめちゃんさん、青島先生、20才おめでとうございます!
コメント初めてさせてもらいます。
出産間近になり不安になったり、早く産まれて欲しいと楽しみでせっせと趣味の大工仕事してみたり、、、何だかモンモンとしている中、いいタイミングで青島先生の出産話聞けて心の準備が出来た気がしました。
先生には出産の時はもちろん、出産するまでの間もたくさんの事いっぱい助けて貰っているなあと改めて実感しました。
病院に通っていた頃には感じられなかったことです。
ありがとうございました☆まだまだお世話になりますが(^^;;
助産師さんてステキなすばらしいお仕事ですね!

投稿: kohalife | 2011年12月24日 (土) 01時15分

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