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2011年5月21日 (土)

自然に産まれる・自宅で看取る

みなさんこんにちは。

たくさんのコメントありがとうございます。

きむらさんは、ピアノを教えてらしたお母様ですよね。もちづきさんは、健診でお会いできましたね(o^-^o) 
お二人とも初めてのコメントありがとうございます。

きっとみなさんが交わして下さったご意見は、ほとんどの女性が感じる気持ちだと思います。
せめて、みなさんの周りの男性陣が理解ある方々であることを願います。

ところで、先日テレビで「自宅で看取るということ」という特集をやっていました。
このテーマは私よりも本当はおかのさんの専門なんですが、興味があったのでちょこっとだけお産とからめてお話させて下さい。

その番組では一組のご家族の、高齢のお父様がご自宅で息を引き取るまでの一週間を記録したものを放送してました。
家族や訪問看護師や訪問ドクターの関わりの中で、自分の足で歩きたいと主張するお父様をお風呂場からベットまで支えながら40分かけて移動させる様子や、ちょっとした事で親子喧嘩する様子、看護師がお父様と介護する娘達の間に入って心のケアをする様子など、とてもリアルな一家族の一週間でした。
親子喧嘩した時には、看護師が両方の話を聞きながら両方の辛いところや頑張ってるところを言葉にして伝え、最後にはお父様が「娘は本当によくやってくれている。夕方に足浴してもらうとたまらなく気持ちいいんだよ」とポツリと言い、娘さんの苦労も報われたように思いました。
私は、初めて実際の訪問看護師の仕事を目にしましたが、体のケア・心のケアで患者さんだけでなく家族をもケアしている訪問看護師の存在あっての自宅介護なんだって実感しました。
そして、喧嘩した翌日。
前の晩にとてもご機嫌で、大好物のお刺身もたくさん食べて就寝してから朝になってもいびきをかいて眠っているだけのお父様。
とても気持ちよさそうに眠っています。
往診したドクターは「じゅうぶん生きてきたね」と話しかけました。昏睡状態でした。
ドクターは家族の前でカルテに「臨死期」と書き込みました。
そのまま翌朝お父様は亡くなられましたが、本当に寝ていたままのお顔でした。
私には、そんなふうにして亡くなられていくお父様やお父様を看取る家族の様子がとても自然で、美しくうつりました。

コメンテーターのドクターが、自宅で看取るということをもっと当たり前にできるように在宅ケアができるドクターと病院との連携が大切だと言ってました。
老人の8割は自宅での死を希望しているのだとか。
自宅で最後を迎えることができるためには、家族だけに負担がかからないよう手厚い福祉が必要です。
そのために、往診をされる医師や訪問看護師や介護士などが連携して本人や家族に寄り添い一緒に最後の時を迎えるお手伝いをするのでしょう。

私はその時“最後が自宅で自然にというのなら、人生の始まりだって自然が一番なんだろうな”って、当たり前のことを当たり前に考えていました。
けれども、今の日本ではなかなかそう思っている助産師を積極的にサポートしようとする医師は少ないですし、ましてやお産の為に自ら進んで自宅に往診までしてくれる医師なんていないでしょう。

しかし、医療の在り方や助産・看護のあり方は日々刻々と変化しています。
一昔前までは自宅で最期を迎えるのが当たり前だった日本が、いつの間にか老人施設や病院があちらこちらにでき病院で最期を迎えるのが当たり前に変わりました。
しかし、そのことに疑問を感じもう一度自宅で最期を迎えることを見つめ直す医療がクローズアップされています。

お産も同じ流れを感じます。
戦前までは当たり前に自宅分娩が主流だったのが、GHQの指導で病院分娩が当たり前の世の中になってしまいました。
けれど、そのことに疑問を感じ自分と赤ちゃんの力を信じて自然分娩をしたいと思う妊婦さんは少しずつ増えています。
そういう妊婦さんを理解し、助産師の判断を信頼し医師がパートナーとして協力してくれる環境が普通のことになってゆく日もそう遠くはないのかもしれません。

私が今嘱託医療機関の契約をしている総合病院では、私のところの妊婦さんを快く診察していただいています。
当たり前って言ってしまえば当たり前なのかもしれませんが・・、私としてはとても嬉しく心強く思っています。
ただ、嬉しく思いながらも心のどこかで本当に私のことや助産院のことを理解していただけているかな?本当は助産院分娩を快く思ってもらえてないかな?ってふと不安に駆られることもあります。
すごく丁寧に診察していただいたりお返事をいただいたりするのに、なぜこんなくだらないことを考えてしまうのでしょう。
それは、医師に対する私の過剰な遠慮や偏見(全ての医師は助産院に対して否定的)によるものなのでしょう。なんの根拠もないんですがね。
ようするに私の気が小さいだけなのです・・・。

医師との良好なパートナーシップを築き上げる為には、私の意識改革もどうやら必要なようです。

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2011年5月 8日 (日)

専業主婦・有職主婦

みなさんこんにちは。

おかのさん、コメントありがとう。

家事・育児、本当に大変ですよね。
専業主婦だと、当然のように全てを滞りなく遂行するのが当然ってのが暗黙の了解のような気がします。
24時間家族の為だけに自分があって、それが毎日休み無くってなったらけっこうキツイ。
でも、家事が好きでお掃除や部屋の模様替えやお裁縫がとても楽しくてそれを毎日思う存分できることに喜びを見出す方もいます。
子育てが楽しくて、ひと時も子どもと離れたくない方もいます。
それとは別に、家事も子育てもほどほどにはやるけど、自分の仕事を持って家庭とは切り離した時間を過ごし自身を充実させることに喜びを見つける方もいます。
ちなみに私は後者。

母乳育児一つとっても、お乳を吸って安らぐわが子の顔を見るのが楽しくて一時間おきでも30分おきでも夜中じゅうでもずっとお乳タイムで疲れない方もいれば、それでは疲れてしまうから上手にミルクの力を借りて力まずに子育てを楽しむ方もいます。
どちらが良いわけでもどちらが間違っているわけでもありません。

ちょっと前に新聞の読者の声の投稿にこんな記事がありました。

今中国では、経済優先の考え方で夫婦そろって出稼ぎに出てしまい、田舎の祖父母に預けたままにされる子どもが増えている。
その子どもたちには、精神的・肉体的な発育障害がみられることが多い。
自分の妻は、結婚以来長く専業主婦として優秀に家事子育てをしておりそのおかげで子ども達は心身共にとても健康である。
そして妻はそれが生きがいであり人生に満足しているはずである。
しかし、世の中の仕事を持つ母親は、自分の欲や満足の為に子どもを保育園に預けて働いており、他人に自分の子どもの世話をさせているのだから、その子どもたちは中国の子どもたちのごとく必ず何かしらの問題を抱えるであろう。
子ども達がかわいそうである。
だから働く母を持つ子供の犯罪率が上がるのだ。

ざっと要約するとこんな具合でした。

私は、今どき正論としてこれを投稿された方の考えの狭さにビックリしたことと、また多くの投稿の中から一意見としてこの投稿を新聞に掲載した新聞社の姿勢に疑問を持ちました。

母親は自分の為に仕事をしてはいけないのだろうか?
保育のプロである保母さんに日中子どもを託すことと、田舎の老人に子どもを預けたまま年に何回か子どもの顔を見に帰ってくるだけの状態と同じだというのだろうか?
彼の奥様は本当に本当にホンットに、満足なのだろうか・・・?
日本の有職主婦の子どもはかわいそうなのだろうか?
犯罪を犯すのだろうか?どこから統計を導きだしたのだろうか?
統計があるのなら、その統計の裏にある社会的因子まで考察してのことだろうか?

私の頭の中は?マークでいっぱいになりました。
そして悲しくなりなした。
しかし、しばらくたったある日こんな投稿がありました。

自分は専業主婦をしている。
子育てはとても大変ではあるが忙しく楽しい毎日を送っている。
自分の友達に仕事と家事育児を両立させている母親がいるけど、とてもイキイキしていて素敵な女性で、子ども達もとても素直な良い子たちである。
人は色々な立場があって、色々な生き方がある。
専業主婦という選択もあれば、有職主婦という選択もある。
どれが良いとか悪いではなく、どちらの立場の女性にとっても子育てしやすい環境を社会全体で作り上げていってくれることを望んでいる。

とてもシンプルでしたが力強い文章でした。
私がもし投稿していたのなら、最初の投稿者に対する敵意むき出しの反論だらけの文章になっていたことでしょう。
しかし、彼女はいたって冷静に自分の立場と友達の立場そして現状を淡々と語り、今何が女性に必要かを誰一人非難するわけでもなく爽やかに伝えてくれました。
しかも彼女の素晴らしいところは、最初の投稿から少し時間が経っていたことです。
そのことで、最初の投稿への反論という印象は薄く、しかしその投稿と一対の投稿であることは意識していた人間にとってはわかる、そんな微妙な間合いだったのです。

彼女の意見に溜飲の下がる思いでした。
全くその通りだと私も思います。
人がどう生きていくかは性別や役割で区切られるものではありません。
子ども達の幸せは、母親の職業の有無ではなく愛情の有無なのだと思います。
そして難しいのはその愛情が適切であるということ。
例え子どもとずっと一緒にいても愛情がなかったり、偏った愛情のかけ方をされれば子どもの幸せはそこにはないでしょう。
また、母親だけではなく父親や祖父母、保育園や幼稚園の先生、友達・・色々なところから子どもたちは影響を受け成長します。
子どもの成長発育の責任の全てが母親の子育てにあるわけではありません。

男性と女性、妻と夫・・の感じ方の違いだったのでしょうか?
それとも個人の一意見なのでしょうか?

おしか助産院で出産されるご夫婦の夫達はどうなのでしょうか?
私には、理解ある今どきのご主人が多いように見えるのですが・・・。

さてさて、皆さまのご主人は妻という女性の生き方についてどんな見解をお持ちでしょうか?

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2011年5月 6日 (金)

泣く

みなさんこんにちは。

なかちんさん!グンソク仲間がこんな身近にいたとは!!
5月20日から「メリは外泊中」が始まるね。楽しみなの~~~。

さてさて、中村家の嫁さんコメントありがとね。
ご主人の転勤で遠くに行かれてバタバタかな?って思ってました。
どお?GWは少しはノンビリできた?
ご主人のお仕事がら一般のGWみたいな大型連休ってわけにもいかないのかな?

コメントの中で、私の声聞いたら泣いちゃうかもなんて書いてあって「泣く」「泣ける」ってことについて考えました。

中村家の嫁さんは、妊娠中もお産も入院中もその後もいつも笑顔で頑張る方でしたね。
きっと時には辛いことやへこむこともあるんだろうけど、プラス思考で乗り切ってる・・楽天家というよりは頑張り屋さんという印象です。

だから、今もきっと一生懸命地域になじむ努力をしてるんだろうね。

私のとこで出産される方、結構転勤族が多くてね、これ読んでくれてる方の中にもたくさん転勤族の奥様います。
きっとみんな転勤した先では最初の何カ月かはあなたと同じ思いで過ごすのだろうね。
みんな、家族を想い家族の前では笑顔で頑張るのだろうね。

突然だけど私ね、小学校の頃にちょっとしたイジメにあったことあります。
イジメっていうよりからかいの対象にされたっていうか・・・。
今ほど陰湿なイジメじゃないんですけどね、変なあだ名で呼ばれたり避けられたり・・・。
私ってちょっと男の子っぽいとこあって、それが男の子達に“女のくせに!”って反感まねいたみたい。

でね、その時私絶対泣かなかった。
学校でイジメられてるなんて、かわいがって育ててくれている親にも情けなくて言えなくて、全部一人で我慢しちゃった。
地元の小学校だからほぼ全員中学校も一緒。
中学2年くらいまではなかなかクラスメートと打ち解けられなかったな。
高校が女子高だったのは男の子が怖かったから。
けど、今思うとそこから看護学校・助産師とずっと女だらけの中ですごしちゃったから、ちゃんとした男の子との付き合い方を学ばずに大人になってしまって、ちょっぴり後悔。
そんな後悔はしてほしくないと、オトメちゃんを男女共学(しかも男の子の方が圧倒的に多い学校)に入れたら、オトメちゃんたら男の子達と完全にお友達感覚でお付き合いしてる。
羨ましいやら、彼氏はできないのかしら?と心配なのやら・・・。

話が横道にそれちゃいましたが、そう・・私泣かなかったんです。
でね、最近読んだ本の中で、偏った親子関係が色んな影響を人生に及ぼすってことを読んでね、初めてイジメられたことについて“悲しかったな。もっとお友達と仲良くしたかったな。お母さんに聞いてほしかったな。”って小学生みたいな気持に戻ってポロポロ涙が出てきたんです。

私の場合、偏った人間関係を小学生なりに頑張りすぎちゃったことが良くなかったんです。
だから、頑張ることしか知らなくて、誰かに認められることで初めて自分を認めることができるんです。
ありのままの自分を認められないっていうか、人に認められないことを極端に恐れてるっていうか・・。
でも、本当はありのままの自分でいたいんですよね。

苦しくて逃げたくて泣きたくなった時は、誰かに寄りかかって思いっきり泣けばいいんだと思う。
愚痴って愚痴って思いっきり愚痴って、悲しいことは悲しいって認識できる健全な心を失くさないようにしないと、オトナだって心が折れちゃいますもん。

そんな時、私の声でよければ聞いて下さい。
聞いて泣いて下さい。

泣かずに頑張るよりも、泣いて愚痴って納得して頑張れたら、少しは心が楽になれるかもしれませんよ。

みんな“お母さん”や“○○さんち奥さん”としてじゃなく、一人の女性として自分の人生を歩いてほしいです。
それは子育てを放棄しろとか家事を放棄しろとかってことではなく、自分で選んで自分が楽しいから子育てや家事をやってほしいってことです。
それが苦しい時は泣ける場所を持って下さい。

泣くって、結構大切なのかもしれませんね。

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